2016年12月9日(金)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.58
五味康祐「柳生連也斎」

 

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  この「忍者と剣客」に収録された二長編のいずれにも柳生宗矩が登場する。
  剣豪にして大名、隠密にして暗殺者、江戸柳生と尾張柳生、などといくつもの顔を持つ集団であって、小説家、劇画・漫画家、映画・テレビ人たちの心をつかむ存在なのであろう。
  私は書誌学の知識はないのだが、「柳生」を初めてメジャーに押し上げたのは、五味康祐の「柳生武芸帖」ではなかろうか。何度も読んでいるが、難解の上に未完なのだけど、実に面白い。週刊誌連載がウケているのでどんどん話を拡げていって収拾がつかずにやめちゃった、としても面白いものは面白い。
  映画「柳生武芸帖」の試写を見た五味先生、「そうか。こういう話だったのか」と言ったとか。大物は発言ひとつでウケを取るのだ。
  柳生ものはそのあと、小池朝雄「子連れ狼」、隆慶一郎の諸作と柳生ものは連綿と続いてきて、さらに今は荒山徹がいい。
  陰険な手段を使い続けて大名にはなったが、そのために剣が弱くなったのが江戸柳生。始祖にあたる石舟斎の印可を受けて現在まで連綿と剣を研き続けたのが尾張柳生。そういうことに、もろもろの小説・劇画のなかではなっている。
  その尾張柳生で、最強とも言われたのが連也斎厳包である。父の兵庫介利厳は、あの十兵衛三厳の従兄弟、石舟斎の孫である。
  その連也斎の勝つか負けるかの大勝負を書いたのが、この短編である。作者は言わずとしれた五味康祐。短編だから未完ではない。
  才能と師に恵まれ、研磨の日々を続け、その日の状態も最高、という者同士が闘った場合、勝つのはどちらか?
  その答えがこの作品のなかにある。

2016年12月8日(木)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.57
滝口康彦「異聞浪人記」

 

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  「侍といえば、キミたちは斬りあいばっかりやっておる、と思っておろうが」と始めると「スパイ」や「忍者」の時と同じじゃないか、と思われるかもしれないが、今度は少しちがう。某大物作家が話しているのである。
「斬り合いをやるとしても、江戸時代になるとあっても一生に一度あるかないか、であって侍の仕事の大半は事務職なのである。書類仕事ね。今のサラリーマンと同じなのです」
  まだ神坂次郎「元禄御畳奉行の日記」は読んでいなかったし、映画「武士の家計簿」は作られてもいない頃だ。
  その作家、半村良氏はさらに続けた。
「武士がなんで四十台前半で、家督を息子に譲って隠居してしまうのか? ヤマダくん、なぜかね」
  こういう場合、編集者の習性として、なにか言ってしまうのである。会話を切ってはならない。
「釣りがしたかったのでは?」
  半村「ぶー。ちがうちがう。答えは、老眼です。年功序列で偉くなってくると、部署の部下の書いた書類に署名をして捺印を押すだけが仕事になる。しかし、性格が悪くて、剣術はやらぬが書道をやってる部下がだな、小さな崩し字を何行も何行も書いてくると、もう読めない。眼鏡そのものが入ってきたのは、かなり早いが、老眼鏡の普及はずっとあとだから、良心的な侍ほど、早く隠居してしまう。釣りばかりしていたかどうかは知らんけどな」
  なるほど。明快な説明でございました。
  ところでこの滝口短編、斬り合いどころか、切腹をしてしまう。それも他人の家に入っていって。
  それは、小説というものは、特殊な状況、ある可能性があれば、それをぶっ書いてしまってもいいのである。
  だから、このような小説が成立するのである。

2016年12月7日(水)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.56
山田風太郎「甲賀忍法帖」

 

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  忍者といえば、黒ずくめに黒覆面、水中を潜って敵城に潜入し、闇に紛れて天井裏、小太刀を背負って手裏剣マキビシ炸裂弾、目的の巻物を盗んだあとに、追って来た武芸者50人ぐらいを翻弄して、かんらかんらと笑いながら、去ってゆく。
  これが、フツーの忍者のイメージであろう。
  これはしかし、忍者は忍者でも、陰忍である。
  陽忍、というのが別にいる。極論すれば学んだ医術なり鍛冶なり芋植えなりの技術を持って堂々と住みつき、妻などもらって子供をつくり、えんえん二十五年、その土地に溶けこんで情報を雇い主に流し続け、いざ合戦となったら今度は、敵の武将を調略する。
  この陽忍も、立派な忍者なのである。
  あまり、小説、漫画、映画にならないのは、やはり地味だからであり、地味でなかったら陽忍は務まらんのである。
  当然、本集に収録された忍者たちも派手なほうの陰忍を選んでいる。悩んで悩んで何十年、という正しい陽忍の小説は、ブンガクになってしまうじゃありませんか。
  さて、呪文を唱えて消える「忍術使い」が「忍者」となったのは、柴田錬三郎、五味康佑、山田風太郎などの作家たちの功績である。大ブームを巻き起こし、あの司馬遼太郎ですら忍者小説で直木賞をもらったくらいである。
  さて、この「甲賀忍法帖」の功績については、巻末の夢枕獏編集委員の解説を読めば、もうつけ加えることはない。
  私は、この作品を「超能力者」の巻に入れるという暴挙を行い、編集委員全員の集中砲火を浴びて轟沈した。
  せめて、手裏剣の雨、くらいにしてほしかったなあ。

2016年11月21日(月)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.55
高城高「汚い波紋」

 

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  さて、国産スパイ小説のパイオニアが結城昌治ではなく、中薗英助であることは、前々回のこの欄で書いた。これには続きがあって、実は国産ハードボイルドのパイオニアも大藪春彦でもなく生島治郎でもなく、高城高氏であったということを初めて知った。
  いくらなんでも、高城氏の名前くらいは知っていたし、アンソロジーに収録された短編の二つや三つは読んではいたが。
  かなりの若さで、ご事情があったとみえて筆を折られていたようなのである。
  短編集を手に入るだけ入手して、とりあえず読んだ。古いのは、しょうがないとして、作品レベルの高さにびっくりしたものだ。
  編集委員諸氏と相談して、この「冒険の森へ」に収録させていただく作品を決めた。
  それにしても、ものを知らない恐ろしさは悲劇を招くものである。
  他の方々と同様に、調べた住所に収録許可願いの手紙を出し、(私はいきなりメール、というのは失礼である、と思う世代なのである)届いたあたりを見はからって、お電話をさしあげた。
  めちゃくちゃ元気で声も大きい方が電話口にお出になって、会話をしたのであるが、なんか変、なのである。
  会話を続けているうちに、誤解がとけた。
  私が、高城高氏の著作権継承者だと勝手に決めこんで、話していた方は、なんと高城高氏ご本人だったのである。
「冒険の森へ」製作過程で、私がぶっこいてしまった最大の無礼のひとつがこの高城氏事件である。
  高城高さん、その節はまことに失礼をいたしました。重ねてお詫びをいたします。

2016年11月18日(金)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.54
生島治郎「男たちのブルース」

 

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  この「冒険の森へ」を立ち上げる時に、まず叩き台という意味として、冒険・ハードボイルドの長編40編を抽出して2冊づつ年代を追って羅列するレジュメを作った。
  そして後に編集委員になってもらった作家にひとりづつ会いに行った。全員が私が現役編集者時代に担当していたこともあり、引き受けてくれるだろうな、という予感はあった。
  生島長編は、迷った。冒険小説なら「黄土の奔流」、ハードボイルドなら「追いつめる」か「傷痕の街」。この三冊を読み直して、とりあえず「黄土」を入れておいた。相方は大藪春彦「野獣死すべし」。発表時期が近かったので、クロニクル性を考えるとこうなるのだ。誰が選んでも、だいたいこのあたりになるはずである。
  しかし、大沢在昌氏のちの編集委員は、赤のペンで名作「黄土の奔流」をぐりりと消して代わりに「男たちのブルース」と書いた。
  うーむ、である。当該の「男たち」は35年ほど前に読んだ記憶があるのだが、ほとんど覚えていない。
  しかし、大沢さんは生島さんの愛弟子であり、この企画の編集委員としては不可欠な人材である。こと生島さんについては、あのカラスは白い、と大沢さんが言われれば白いのである。
  もし相手が、夢枕委員であったりすれば、「あのカラスはカラスではあるがマスカラス」などとわけのわからんことを言って場外乱闘に持ちこむ手もあるのだが、プロレスに興味のない大沢さんに通用するはずもない。
「ごもっとも!」
  戻って調べてみると、「男たち」は「野獣」の15年もあとに刊行されている。
  クロニクル性は、たちまち崩壊した。

2016年11月17日(木)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.53
中薗英助「外人部隊を追え」

 

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  スパイ、というと誰でもがドライマティーニ片手に、無期限殺人許可証を携帯し、敵味方限らず女性を男性フェロモンで恍惚とさせ、悪い奴を殴って蹴って射殺するという、あのジェームス・ボンドを想起するであろう。
  しかし、実際は、映画とはずいぶんちがう。
  作家サマセット・モーム。女性探検家イザベラ・バード。メジャーリーガーのベーブ・ルース。「西遊記」のモデルの玄奘三蔵。
  みんな、スパイなのである。
  何かやろうとするが、資金が足りない。すると足りないカネを出してやろうじゃないか、という紳士が出現する。条件は行った国のレポートを書くこと。その紳士が実は「国家」とつながっているわけで、立派なスパイが誕生する。
  ベーブ・ルースは日本に親善試合をしに来た時に、宿舎のホテルの屋上で、早朝カメラを持って東京の街なみを撮影しているところを目撃されている。
  三蔵法師は、国禁を破り天竺で正しい仏教を学んで帰国した時に、日記をいったん没収されている。唐が西方を侵略するのに必要だったからである。であるから、玄奘の「大唐西域記」の前半には欠落と見られる箇所がある。
  さて、そのスパイの小説だが、日本には伝統がない。長い間、私は日本スパイ小説の濫觴は結城昌治「ゴメスの名はゴメス」だと思っていた。しかし、逢坂剛編集委員の指摘で、中薗英助こそが、その第一号だということを知った。
  作品は「密航定期便」。
  読んでみたら、すばらしいではないですか。
  もし、もう少しの抒情性があれば、船戸与一をはるかに先行して中薗氏の名が記憶されたことであろう。
  彼の短編を収録させていただくことは、本集の義務にして名誉である。

2016年10月20日(木)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.52
野坂昭如「捕虜と女の子」

 

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  野坂昭如の「戦争童話集」は、すばらしい。
冒頭が「昭和二十年、八月十五日」で始まる掌編が12編、収録されている。
  故障して海底に横たわる日本海軍の潜水艦に恋をして代わりに爆死する鯨。満洲でハシカにかかって捨てられた女の子を助けて射殺される雌狼。南の島で敗戦を知り、大きな亀に背に乗って帰国しようとするが溺死する若い兵士。突然の敗戦に風船爆弾の制作が中止になり、痩せた子供たちが息をかわるがわるに吹きこんで、やっと空に舞い上がった風船。
  童話、という形式をとってしいるものの、対象読者はあきらかに大人である。それも「戦争を忘れかけている」大人である。
  戦争を声高に批判するのでなく、淡々と犠牲になった人々の「それぞれの死」を書いていく。
  とてもあのすさまじい「エロ事師たち」「骨飢身峠死人葛」と同じ作者の手になるものとは、思えないリリカルな作品が並んでいる。
  全12編すべて詭弁を弄して、全20巻のあちこちに散らしてしまおうか、とも考えたのだが、そういうわけにもいかず、この「捕虜と女の子」を9巻に「凧になったお母さん」の2編を13巻にそれぞれ収録させていただいた。
  イタリアのボッカチョ「デカメロン」のように100話を読みたかったのだが。
  この「冒険の森へ」刊行中に、野坂氏の訃報を聞いた。
  刊行中に亡くなられた作家は、坂東眞佐子氏、船戸与一氏、平井和正氏に続いて四人目になってしまった。
  あちら側でのご健筆を、切に願うものである。

2016年10月19日(水)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.51
伴野朗「三十三時間」

 

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「バンノアキラさんの「三国志」を読みました」学生は答え、私はのけぞった。そんな「三国志」は知らんぞ。 
  集英社の面接である。漫画誌、女性誌、芸能誌、営業系と私でチームになって、入社希望の学生と、履歴書を見ながら話すのである。「最近読んだ本」などに興味深いことが書いてあると私の出番、ということになる。
「三国志、水滸伝を読んでいます」
  と書いてあるので、当時、北方「水滸伝」の原稿を毎月もらっていた私が代表質問に立たねばいけんではないですか。
「三国志」「水滸伝」の異本は、すべて目を通していた。それを学生が読んだ「三国志」を知らないでは、私が困るのだ。やがて質疑のあとに、「あのね、それは、バンノアキラではなく、トモノロウと読むのですよ」
  確かに伴さんは、呉国視点での「三国志」を書いている。
  ルビの重要さを今さらながらに感じたものである。ある対談のテープおこし原稿で、「ハームラリオ」という作家が出てきて仰天したが「石の血脈」を書いた、と続いたから「ハームラリオ」は「半村良」であることはわかったのであるが、文脈次第によっては、解読に時間がかかったであろう。
  その伴野長編群から、時間制約の中での情報伝達戦を書いた「三十三時間」が選ばれた。緊迫した時間の中で、ある空間を移動する、という「道中もの冒険小説」の見本のような作品であるが、「危険な旅路」の巻ではなく、この巻に入った。
  その経過については、省略させていただく。

2016年10月18日(火)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.50
胡桃沢耕史「ぼくの小さな祖国」

  
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  ジェームズ・ヒルトンという作家をご記憶か? 「チップス先生さようなら」という中編ぐらいしか、現在では記憶されていないのではないだろうか。
  イギリスではかなりの流行作家だったらしい。「心の旅路」が代表作。
  このヒルトン、冒険ものを書く時には、ひとつの得意のパターンがあった。
  冒頭に老人が出てくる。なんの変哲もない人生を送ってきたような、その老人が死ぬ。ここから、時世が何十年か戻って、その老人の若き日の冒険が淡々と書かれていくのだ。毎月大事件に遭遇しているようなヒーローではなく、平凡な個人が巻き込まれた、一生に一つの冒険である。
  そして、それが冒頭の死とリンクして終わり、読者は快い余韻に浸ることになる。「鎧なき騎士」「失われた地平線」がその好例であろう。
  胡桃沢耕史の出世作「天山を越えて」を読了した時に、「ああ、ヒルトンのパターンだな」と思ったものだ。それを指摘する批評家はいなかったように記憶するが。
「黒パン俘虜記」で胡桃沢氏が直木賞を受賞された後に、内藤陳氏経営の「深夜プラス1」という酒場のカウンターで隣同士になった時に、「ヒルトンはお好きでしょう」と私が話かけると、「ははあ」と胡桃沢さん、複雑な表情をされた。
  物語の伝播。それはいたるところにあるものだ。
  この「ぼくの小さな祖国」は胡桃沢長編としては、小品だが、私は一番好きである。 

2016年9月23日(金)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.49
黒岩重吾「裸の背徳者」

 

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  人呼んでドクターX、「わたし、失敗しないので」とキメて本当に失敗しない大門未知子。土下座が得意で医局の中で頭角を現す財前教授の「白い巨塔」。それに、「チーム・バティスタ」。
  こういう医療ミステリーの源流を遡っていくと、その濫觴ともいうべき作品が黒岩重吾「背徳のメス」である。
  医療ミステリー、と限定して「医者の物語」の源流、と言わないのは、その2年前に、山本周五郎が「赤ひげ診療譚」を発表してしまったせいかもしれないが。
「背徳のメス」に限らず、黒岩作品は、「人の心の闇」に焦点を一貫として当ててきた。「アポロン的」に対する「ディオニソス的」という用語が一番あてはまる日本人作家は、黒岩重吾ではないだろうか。
  この「裸の背徳者」は、「背徳のメス」、「背徳の伝道者」とともに「背徳」三部作とも言われ、また「人間の宿命」「カオスの星屑」とともに自伝小説三部作とも言われている。
  大東亜戦争末期のソ満国境から、国に見捨てられた落伍者の集団が、ひとりひとり正気を失いながらも、生存への意志だけにつき動かされて、南へ南へと逃げていく。
  太平洋の対アメリカ戦では、英雄とされた将軍、兵隊がいないことはなかったが、闘えと命じられて招集され、たちまち捨てられてしまった兵隊たちには、なんの栄光もない。英雄が誕生する余地などない。
  そんなデスペレートな状況の中で、それでも生きたい、帰りたい、という人間の原初なる本能を書き切った本編のすばらしさに、瞠目するだけである。