2016年9月23日(金)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.49
黒岩重吾「裸の背徳者」

 

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  人呼んでドクターX、「わたし、失敗しないので」とキメて本当に失敗しない大門未知子。土下座が得意で医局の中で頭角を現す財前教授の「白い巨塔」。それに、「チーム・バティスタ」。
  こういう医療ミステリーの源流を遡っていくと、その濫觴ともいうべき作品が黒岩重吾「背徳のメス」である。
  医療ミステリー、と限定して「医者の物語」の源流、と言わないのは、その2年前に、山本周五郎が「赤ひげ診療譚」を発表してしまったせいかもしれないが。
「背徳のメス」に限らず、黒岩作品は、「人の心の闇」に焦点を一貫として当ててきた。「アポロン的」に対する「ディオニソス的」という用語が一番あてはまる日本人作家は、黒岩重吾ではないだろうか。
  この「裸の背徳者」は、「背徳のメス」、「背徳の伝道者」とともに「背徳」三部作とも言われ、また「人間の宿命」「カオスの星屑」とともに自伝小説三部作とも言われている。
  大東亜戦争末期のソ満国境から、国に見捨てられた落伍者の集団が、ひとりひとり正気を失いながらも、生存への意志だけにつき動かされて、南へ南へと逃げていく。
  太平洋の対アメリカ戦では、英雄とされた将軍、兵隊がいないことはなかったが、闘えと命じられて招集され、たちまち捨てられてしまった兵隊たちには、なんの栄光もない。英雄が誕生する余地などない。
  そんなデスペレートな状況の中で、それでも生きたい、帰りたい、という人間の原初なる本能を書き切った本編のすばらしさに、瞠目するだけである。