2016年10月20日(木)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.52
野坂昭如「捕虜と女の子」

 

shutterstock_371260345

  野坂昭如の「戦争童話集」は、すばらしい。
冒頭が「昭和二十年、八月十五日」で始まる掌編が12編、収録されている。
  故障して海底に横たわる日本海軍の潜水艦に恋をして代わりに爆死する鯨。満洲でハシカにかかって捨てられた女の子を助けて射殺される雌狼。南の島で敗戦を知り、大きな亀に背に乗って帰国しようとするが溺死する若い兵士。突然の敗戦に風船爆弾の制作が中止になり、痩せた子供たちが息をかわるがわるに吹きこんで、やっと空に舞い上がった風船。
  童話、という形式をとってしいるものの、対象読者はあきらかに大人である。それも「戦争を忘れかけている」大人である。
  戦争を声高に批判するのでなく、淡々と犠牲になった人々の「それぞれの死」を書いていく。
  とてもあのすさまじい「エロ事師たち」「骨飢身峠死人葛」と同じ作者の手になるものとは、思えないリリカルな作品が並んでいる。
  全12編すべて詭弁を弄して、全20巻のあちこちに散らしてしまおうか、とも考えたのだが、そういうわけにもいかず、この「捕虜と女の子」を9巻に「凧になったお母さん」の2編を13巻にそれぞれ収録させていただいた。
  イタリアのボッカチョ「デカメロン」のように100話を読みたかったのだが。
  この「冒険の森へ」刊行中に、野坂氏の訃報を聞いた。
  刊行中に亡くなられた作家は、坂東眞佐子氏、船戸与一氏、平井和正氏に続いて四人目になってしまった。
  あちら側でのご健筆を、切に願うものである。