2016年3月4日(金)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.28

芥川龍之介「仙人」

 

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あいつが俺のライヴァルである。

そう思っているが、その「あいつ」は「俺」のことをライバルだともなんとも思っていないことは、今昔を問わずよくある事象であろう。

芥川龍之介が誰をライヴァル視したのか知らないが、芥川をライヴァル視した人が多かったであろう。

赤木桁平、という評論家がいた。芥川の一歳上で漱石のところにも出入りしていた。本名は池崎忠孝。からみ酒で大言壮語、友達は少なかったにちがいない。芥川の文名が上がるのに反比例して赤木の文名は下落していき、文壇から消えていった。

芥川の死の二年後、赤木は本名で「米国怖るるに足らず」という架空戦記小説を書き、今でいえば数億円を荒稼ぎし、芥川を批判した。

文壇外の著名度では、完全に芥川を抜いてしまった。「米国怖るるに足らず」はタイトルそのもので日米の艦船力を「分析」し、闘ったらたちまち対馬沖の日本海海戦の再現になるであろうという景気のいいものだったようだ。当然、売れれば次の泥鰌を狙うのは、出版社の手筋であって、海野十三をはじめとして平田晋作、村田恋麿、佐藤清勝、岡田銘太郎、豊島次郎などが景気のいい架空戦記長編を書きまくったそうである。

ここまで、物知り顔で書いてきたが、猪瀬直樹氏の名著「黒船の世紀」から抜き書きしただけである。猪瀬さん、ありがとうございます。

さて、この「冒険の森へ」のために、上記の忘れられた作家たちの長編架空戦記小説の一部を入手して読んでみた。

忘れ去られるには、忘れ去られるだけの理由がある、というのが私の感想である。

2016年3月1日(火)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.27

筒井康隆「五郎八航空」

 

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1979年12月のある日、東海道新幹線が止まった。

私は困った。担当させていただいた筒井先生の「みだれ撃ち涜書ノート」の新刊の見本本が完成して、神戸方面の筒井先生宅に「今から持っていきます」と電話したばかりだったからだ。

一瞬、神戸までタクシーで行こうか、と思ったがそれは止めにして、飛行機というものに乗ることにした。

しかし、そういうものには乗ったこともなければ乗り方もわからない。羽田、というところに行けばいいらしい。よくしたもので、いろいろな人に聞きながら、行動しているうちに、いつのまにか機内に座っていた。 問題は、その先である。飛行機めが飛びくさったのである。びっくらこくではないですか。飛ぶものは墜ちる。墜ちれば死ぬ。私はまだ26歳になったばかりなのだ。

全身に油汗、顔はひきつって「バットマン」のニコルソン演じるジョーカーみたいになってしまったではないですか。

なんとか伊丹空港に降り立ったものの、顔はひきつっていた。筒井先生のお宅にたどりついた時も、まだ顔面はひきつっていた。

「どうしたの、その顔」これは、玄関先の作家兼預言者の筒井先生のお言葉。

「実は、初めて飛行機、というものに乗りまして」と私。

「なに」たちまち筒井先生の顔もひきつった。

「あんなおっとろしいものに、よく」

後年、「小説新潮」に掲載された「五郎八航空」を読んで、あの時の筒井先生の顔を思いだしたものだ。

2016年2月19日(金)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.26

水谷準「お・それ・みお」

 

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気球小説といえば、まずジュール・ヴェルヌの「気球に乗って五週間」がまず想起される。それでは当たり前なので変わった作品を紹介しよう。

エドガー・A・ポーは、ハンス・プファルという人物を気球に乗っけて月に到達させたが、だからなんなのということで省略。

マーク・トウェイン「トム・ソーヤーの探検」である。「冒険」の続編が「ハックルベリーの冒険」そのまた続編がこの「探検」である。

トムとハックとジムのトリオが、マッドサイエンティストとかかわる。この科学者、気球オタクである。とある東風の強い夜、科学者を訪ねた3人、あれやこれやで気球は飛びたってしまう。約束ごとのように「あーれー」と転落する科学者。悪い庄屋に帯をくるくると解かれる腰元の声ですなあ。気球はなんとアフリカに着地してしまう。

そして襲い来るライオンの群れ。さてトムたちは。

ヴェルヌには「神秘の島」という気球ものがもう一作ある。南北戦争の最中。捕虜収容所から南軍の将兵が気球を盗んで脱走する。お約束の強風で気球は太平洋某島に「あーれー」と着地する。この島で自活を余儀なくされた南軍の元捕虜たちに、襲いかかる怪奇現象。この島には、実はあの「海底二万里」のノーチラス号とネモ艦長が逼塞していたのだ。しかし、島は火山の噴火による危機に瀕していた。

日本には、こういう気球長編の傑作はないようだ。で、水谷準の短編で代替させていただいた。ここに出てくるマッドサイエンティストの飛ぶ動機がいささか不純である。もちろん、庄屋が腰元を拐って気球で逃げる、という不純さではない。

新しい動機、と言うと嘘になるが。

2016年1月29日(金)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.25

船戸与一「からっ風の街」

 

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スピニングレッグロック、というプロレス技がある。昔からアメリカではポピュラーな技だったが、デストロイヤーがこの技を日本で公開した時、「フィギュア4レッグロックである」、と言い「四の字固め」と訳された。あのスタン・ハンセンのウェスタン・ラリアートもアメリカではクロスラインという。

ある日、プロレスを馬鹿にしていた船戸与一がプロレス短編を小説雑誌に発表した。

佳作だが、アメリカの日系レスラーの一人称視点で書かれているのに、技の名前が日本式なのである。これは、まずい。

ここを先途と私は馬鹿にした。プロレス雑誌から技の名を丸写しにしたようだ。

爾後10年。深夜、船戸さんから会社に電話だ。

「今日、寄ってくれんか」

当時、私は小説雑誌の編集長で、校了作業のど真ん中。しかし、船戸玉声には逆らえない習性があるのだ。

午前3時の船戸宅。この短編が収録される単行本用のゲラがあった。

「昔、雑誌を読んで馬鹿にしておったな。技の名前を直しちくり」

えー、覚えておったの。

「で、いつまでに?」と私。

「明日まで」逆らえない玉声である。

本業の校了作業を横に置いてゲラを熟読し、「直すべき個所」を赤ペンで、「直したほうがいい箇所」を青ペンで記入して、届けた。なんと船戸さんは赤も青もぐりぐりと丸をつけて、ゲラに添付して編集者に渡したそうな。

この「からっ風の街」を夢枕獏さんが激賞し、彼が編んだ「闘人烈伝」という格闘小説アンソロジーの目玉になった。

2016年1月22日(金)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.24

大坪砂男「憎まれ者」

 

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大正の頃、親方に電報が届いた。

「キンタマフンシツドウスル ヘン」

中国筋を巡業中の愛弟子、九紋竜からだった。大江戸寛政年間に大関を張った207センチの巨人、かの雷電のライバル九紋龍清吉ではなく、助平をもって知られる大正の九紋竜駒吉である。

もちろん「水滸伝」の九紋竜・史進からいただいた四股名であろう。

親方は電報の解読に努めたものの、らちがあかず、「イシャニユクベシ」と返電した。

ところが、九紋竜は翌日には戻ってきた。

親方「キンタマ、ついとんじゃなかか」

九紋竜「ちゃいまん。巡業中に若い者の金宝山と玉風がドロンをしちまったんで弱って電報したんどす」

巡業をおっぽりだして、逃げてきた、というわけだ。

昔のお相撲さんには人格者が多かったことになっているが、その確率は、今も昔もさしたる変わりはないようだ。

呑んで暴れた末、手下の不動山に刺殺されたのは幕末の肥後藩お抱えの小柳。警官を殴って逮捕され、調書を取られる最中に暴れ出して、警察署を破壊したのは、大正の大関、平錦。

本巻には、人格者でないほうの力士にまつわる大坪、夢枕の掌編を2編収録させていただいた。

九紋竜にまつわるエピソードは、漫画家→力士→雑誌記者、という特異な経歴を持つ小島貞二氏の著作から借用した。

ちなみに、キンとタマ、紛失した2名の力士のその後には、言及がない。

2016年1月8日(金)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.23

椎名誠「生還」

 

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初めて椎名さんに会った時は、怖かった。

日焼けした顔に三白眼で睨んでいるように見えた。睨んでいるのではなく、ただ見ているだけだと判明したのは、後日のことになる。

当時の椎名さんは、エッセイストとしてはすでにベストセラーを連打していたたが、小説家としては、短編集「ジョン万作の逃亡」を出したくらいだった。しかし、小説の注文は殺到していた。

様子を見ながら、会話に入っていった。

「いま出ている「SFアドベンチャー」の野球短編は、ミル・マスカラスvsグレート・カブキですねえ」

椎名さんは即座に反応した。

「おー、わかってくれたか」

そう、私の数少ない趣味はプロレスである。しかし、当時は差別されている馬場さん派ではあったけれど。

それからとうとうと周囲があきれるほどプロレス話をかわしているうちに、「青春と読書」への短編連載が決まってしまったのである。

その連載は、「奇妙な話」中心だったが、ネタに詰まると息子の岳クン話を書いた。一年後に単行本をどうするか、という打ち合わせで、「岳クン話」に特化してまとめる、ということになった。これが名作「岳物語」である。

ちなみに、そのマスカラスvsカブキ短編こそがこの「生還」である。恩のある短編なのである。

2015年12月24日(木)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.22

坂東眞砂子「盛夏の毒」

 

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かつて、日本の「純」文学は面白かった。今は面白くないのかと言われると困る。あまり読んでいないので、すみません、印象と推測だけで書いてしまいます。

物語の使命は、「人間いかに生きるべきか」を書くのが本道だとする。しかし、そればかりではないはずだ。たとえば、なぜ人を殺してはいけないのか。戦場で殺せば勲章をもらい、国家は死刑という殺人が許される。また、堕胎という行為は殺人なのか?

子供に質問されたら、「ならぬものはならぬものです」と旧会津藩人のように答えればよかったのだろうが、昨今の少年少女は理屈っぽいようだ。

いけないこと。これは法律の問題でもある以前に、道徳の問題でもある。道徳は宗教と結びついて教えられるのだが、日本では宗教は滅びつつある。

そこで、道徳の再検証。それも、物語のテーマのひとつだったはずである。海外作品には、そこに斬りこんだ作品は少なくない。日本の純文学でも、中上健治までは、その姿勢があったように記憶する。いま、それが希薄になっているようだ。

むしろ、その部分に斬りこんでいるのは、ミステリー系でデビューした女性作家たちであろう。桐野夏生、髙村薫、篠田節子、坂東眞砂子、などなど。

「東京島」「照柿」「ゴサインタン」「桃色浄土」。いずれも、次作でどういうベクトルを目指すのか、興味を持って読ませていただいてきた。

そんな意味も含めて、坂東眞砂子さんの早すぎる死は、哀しかった。まだまだ書きたいテーマがたくさんあったことだろうに。

「小説すばる」の坂東さんの追悼特集号でも、この「盛夏の毒」が再録されていた。

誰が読んでも、傑作は傑作なのであろう。

2015年12月18日(金)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.21

真保裕一「ホワイトアウト」

 

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真保さんとタクシーに乗っていた。銀座から真保さんを自宅へ送り、帰宅するつもりだった。

おりしも、映画「ホワイトアウト」がヒット中で、作家の映画化がらみの話をしていたと。宮部みゆきさん、馳星周さん、「模倣犯」、「不夜城」などの固有名詞が飛び交った。

真保さんを下ろしたら、ドライバー氏が声をかけてきた。「いま下りたお客さんは、そういう関係の人ですか?」

映画好きらしい。

「はい。今やってるホワイトアウト、の原作者」

と私。

「えー、そうなんですか」

なんでもない会話だが、問題は感激のあまりタクシーが減速してしまったことである。後ろを走っていたトラックに接触され、たちまちガラスはすべてホワイトアウト、ドライバーは、顔面血だらけ。私は特に怪我はなかったのだが、玉突き衝突、などという不吉な単語が脳裏を走り、ともかく大破タクシーから這い出した。

「あんた、大丈夫かい?」と下りてきたトラック・ドライバー。「あとでごちゃごちゃ言われると困るから医者行ってほしいんだよね」

「ぶつけといて、なにを言うか」と私。

その先は省略するが、翌日、3箇所ほど回り、午後4時に出社したら、タクシー、トラック双方の代理人が会社に来たものの当事者は行方不明。ほどよき騒ぎになっていたそうな。

携帯電話などない時代であった。

首にわけのわからぬ痛みが出て、鍼施術の常連になったのは、その一年後である。

2015年12月11日(金)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.20

星新一「霧の星で」

 

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川端康成に掌編集があり、夏目漱石に「夢十夜」がある。SFに星新一をはじめ短い話を書く作家が多く、五木寛之氏にも吉行淳之介にもショートストーリー集がある。

ほかにも、作家の思考のはずみといいますか短い小説を書いてしまった作家は多い。

そうしたものを純不純ジャンルを問わずにテーマ別に編集して文庫本全5冊、というのはいかがなものだろうか、と発想したのは、もう15年も前、文庫編集長をやっていた頃であった。

異動になってしまい、忘却してしまったのであるが、この「冒険の森へ」を編む時に記憶の隅から、そのことがまろび出てきた。

各巻の冒頭に短い小説を数編並べてみたら、手に取った人が入り易いのではないだろうか、と愚考したのである。

しかし、ネーミングに問題がある。

川端康成は「掌編」であり、星新一は「ショートショート」である。他にコント、ショートストーリー、さらに極小短編などというものもあるそうな。

そも「ショートショート」の定義からして、いわく「20枚以下の短編」いわく「SF作家の20枚以下」いわく「SF作家プラス都筑道夫」いわく「星新一の20枚以下」。

うーん、と考えこんだ。そして、いささか強引ではあるものの、最後の「星新一の20枚以下」に決めてしまった。理由は、星さんがこのジャンルの開拓者だから、である。

ですから、この巻収録の、中島らも、北杜夫、宮部みゆき氏の作品はショートストーリー、筒井先生の作品はコント、星作品だけがショートショートであります。

すみません。勝手に決めてしまって。

 

 

 

2015年11月20日(金)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.19

嵐山光三郎「上様」

 

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スコット・バーグ「名編集者パーキンス」

小林信彦「夢の砦」

嵐山光三郎「口笛の歌が聞こえる」

「編集者の本」はなるべく読むようにしていた。同業者が何を考え、どういう選択をしたのか、興味があったからである。

編集長も3セクションで体験した。若いスタッフに、勧める「編集者本」は、上記3作だった。編集者という仕事が面白いものである、という幻想を持ってもらえれば、とりあえずはいいのであろうと愚考したからである。

マックスウェル・パーキンスは、アメリカのスクリブナーという出版社に長く勤め、ヘミングウェイ、フィッツジェラルド、トーマス・ウルフなどを発掘し、メジャーに育てた。まだエージェントが跋扈する前の時代である。その生涯を後進が評伝にまとめたものである。

小林信彦は、作家になる前に、伝説の「ヒッチコック・マガジン」の編集長だった。「本の雑誌」の原型がここに書かれている。小説だから、創作もあると思うが。

嵐山作品は、平凡社に入社して、「太陽」の編集長に駆け上がり、早期退職するまでの長編小説である。日本が元気だったのが、嵐のとっつぁんが元気だったのか、ともかく時代の空気がよくわかる。

ここでクイズを一発。編集者が、一番好きなものは何でしょう?

答は「領収書」であります。

嵐のとっつぁんがネタに困って、10枚の掌編「上様」をぶっ書いた時に選んだテーマが、領収書。

気持ちは、よくわかります。