2015年11月19日(木)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.18

逢坂剛「百舌の叫ぶ夜」

 

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逢坂剛は人も知る阪神タイガースのファンである。そのタイガース愛について語ろうではないですか。

逢坂さんの所属する「推理作家協会」では、年に8試合ほどのソフトボール大会をやっている。もう、15年を越える。

相手は招集された編集者チーム。第1回大会に参加経験のある編集者は私だけになった。

なぜか私ヤマダは10年以上、ピッチャーをやっている。ボークすれすれというかボークそのものというか、そういう反則球でもたせているのだがそれはさておき。

ある試合。味方が3点リードの最終回。2アウト満塁で打席は4番の逢坂さん。カウントは3ボール2ストライク。

「待ったあ」と私。

かねて用意の阪神タイガースのハッピと帽子を身につけて、孤独のマウンドに戻った。

「タイガース魔球を受けてみよ」

と私の投じたへろ球は、逢坂MZ打法により、たちまち逆転満塁サヨナラ場外、とトッピング満載のホームランとなってしまった。

虎のハッピと帽子に対する愛と敬意なきことはなはだし。

ところで、「百舌シリーズ」の今や主役、「大杉良太」。スピンオフドラマまでできた。しかし、逢坂さんが執筆当時、香川照之ではなく、どの役者を想定したかは想像できる。「大杉良太」から「大」を捨てて最後に「郎」を足してみてくださいな。

ま、執筆当時、香川さんは小学生だもんね。

2015年10月15日(木)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.17

筒井康隆「万延元年のラグビー」

 

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昭和40年代後半は、小説雑誌が元気だったそうだ。「小説新潮」「小説現代」「オール讀物」をはじめとして小説誌全誌合わせて150万部が売れていたとか。

私は高校生だったから、すべて伝聞ですが。大江健三郎の「洪水はわが魂に及び」がベストセラーになると、すかさず野坂昭如が「雑炊はわが魂に及び」を小説雑誌に発表し、小松左京が不動産業者を中心とする全日本人を震撼させた大傑作「日本沈没」を刊行すると筒井康隆が「日本以外全部沈没」を発表する。喜んで読者が雑誌を買う。確かに小説雑誌業界は元気だったのだろう。

この「万延元年のラグビー」もそのパターンで、大江「万延元年のフットボール」のベストセラーに、たちまち筒井さんがパロディをぶっ書いたのであろう。もちろん、タイトルだけが類似しているだけで、内容的にはなんの関係もなく筒井スラップスティックの傑作である。

この作品、最初は「忍者」の巻に入っていたが、いろいろあってこの「時間」の巻に移行した。ここに入れるとネタバレになってしまうじゃないか、という批判もあったが、まあいいではないですか。

2015年10月14日(水)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.16

北杜夫「買物」

 

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北さんの「どくとるマンボウ青春記」の一節に次の記述があったと記憶している。

[吉川英治の「宮本武蔵」もトルストイの「戦争と平和」も同じ基準をもって読んだ。]

若気の至りである、という文脈である。

この一文を読んだ40年以上前に、私は妙なひっかかりを覚えた。それは今も続いている。

もし仮にプルーストと押川春浪を同じ基準で読んだ、と書いてあったらひっかからなかったであろうが。

「戦争と平和」は歴史小説であり、恋愛小説であり、読み継がれたために「文学」になった。続編のための狂言まわしとして、ドゥーロホフという人物までしっかり用意していた。

「宮本武蔵」は剣豪小説であり、教養小説であり、時代小説であり、読み継がれたために吉川「文学」賞ができた。

同じ基準をもって読むことはいけないことなのであろうか。

日本の「文学」の多くが面白くなくなったのはせいぜいこの40年くらいのことで、文学とはそもそも面白いものであったのである。

本集に、漱石から芥川、中島敦、三島由紀夫、川端康成、石川淳、などを入れてしまったのは、本来的に純不純の両文学、いずれも物語ではないですか、とかねてより思っていたからである。

2015年10月9日(金)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.15

芥川龍之介「魔術」

 

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某出版社の会議室。芥川龍之介を囲んでいるのは、雑誌の編集長と編集者たち。オチそうな原稿の執筆のために、遅筆の芥川を拉致監禁したのである。デッドラインは明朝9時半。芥川は、眉間に縦皺をきざみ、虚空を睨んでいる。考えているのはプロットか、言い訳か。もう大きく「芥川龍之介、本誌初登場」と大書した表紙が刷り上がっていて、なんでもいいから字を書いてもらわんと編集は困るのだ。

くわっと、目玉をひん向いた芥川。ひえっと、のけぞる編集長、編集者。

「煙草」

芥川が言い終わらぬうちに、わかば、エコー、敷島、しんせいなどがまわりに積み上げられた。

「ちがう。煙」

芥川は禁煙していたのだ。しかし、煙が充満していないと書けぬ、とこういうことらしい。編集長編集者は張りきった。彼らの芸といえば、摂酒量と喫煙数。全員が煙草を吸い始めた。しかし、会議室が広すぎた。嘔吐して脱落する編集者を他の編集部から埋めた人海喫煙戦術が始まった。

午前9時半。築地のマグロのように急性ニコチン中毒で倒れた編集者の群れ。まだ息のある編集長に芥川は、できた分を渡して去っていった。そこには、こう書かれていたという。

「しかし、彼は」

芥川は「煙草と悪魔」を入れたかったのだが、この作品になってしまった。煙草は薬品としてヨーロッパに広まったのだがなあ。

40年以上前に読んだ著名な某作家のエッセイに私が若干の脚色をいたしました。

2015年9月15日(火)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.14

海音寺潮五郎「男一代の記」

 

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関ケ原の東西大決戦で一番好きな武将は島津義弘である。敵中突破大退却。しかも生還してしまう。かっこいいではないか。

よく考えると、敵味方夜明けから8時間も闘い続けたのを何もせずに見ていたわけだからスタミナも弾薬も十分。反則ではないか、ともあとで思ったが、刷り込みは変わらない。

後年、池宮彰一郎の「島津、奔る」を読んで、今年の柴田錬三郎賞はこれに決まり、と思った。とりわけ、ラスト近くの島津の将、中馬大蔵の回想シーンがいい。若い衆に関ケ原の思い出話をしてやってくれ、と依頼されたが、衆の前で、「そも関ケ原と申すは」と言ったきり滂沱の涙、歴戦の勇士が泣くばかりだ。

選考委員も同感だったとみえ、満票で「島津、奔る」は柴田賞に輝いた。

あとになって、他社の年輩の編集者に、同じテーマを海音寺さんが短編でやっている、と聞いて仰天。それがこの「男一代」である。

おそらく、同じ資料を使ったのだろう。

2015年9月14日(月)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.13

船戸与一「深夜ドライブ」

 

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昭和の終り、文明開化が私の元にも押し寄せてきた。通販でワープロを購入したのである。

一台100万円だったのが、どんどん下がり私が払ったのは、39800円、消費税はまだない。「や・ま・だ」とか打って特訓しておると電話が鳴った。草木も元気な日曜の午後4時である。

「わしじゃが、飲みにこんかい」船戸のとっつぁんである。家が近いのでこういうことはしばしばだが、いつもと事情がちがう。わが特訓について説明し、「行きたい気持ちはやまやまなれど」溜息ひとつ「消し方がわからんのだす」船戸「ほーか」

電話は切れた。

5分後、また電話が鳴った。「わしじゃがの。コンセントを抜いたらどーじゃい」私「やってみましょう。あれ、消えた。わ、消えてもうた。じゃ、飲みに行きましょう」

牧歌的な昭和のひと時であった。

この掌編は、「小説新潮」が何を考えたのやら100人の作家に10枚の掌編を依頼した何かの記念号から拾ったものである。他に、高橋克彦、嵐山光三郎のお二人の掌編も拾えた。

それにしても、今でも日曜の午後に電話が鳴ると船戸のとっつぁんだ、と一瞬思ったりする。

2015年9月10日(木)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.12

佐々木譲「鉄騎兵、跳んだ」

 

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このデビュー短編は、体験を踏まえていないだろう。実体験は、そのあとだ。

「真夜中の遠い彼方」を読んで、私が会いに行って書き下ろしを依頼した。その直後に佐々木譲は跳んでしまった。

前の車がいきなり車線変更をしたために、バイクで走っていた譲さんはその車を跳びこえて逆さに落ちてしまった。その顛末は「もう空は飛ばない」というエッセイに書いてある。

ヘルメットのおかげで一命は取りとめたものの後遺症で執筆どころではない。私に電話で「罵倒した手紙をくれ」。手紙を書いたところ、罵倒度が足りない、ということで二度、書き直した。なんでも、加害者との裁判で、「事故のために出版社からの注文がキャンセルになった」という証拠に使うらしい。

それにしても、作家に原稿を注文されたのは、貴重な体験であった。

私が依頼した原稿は遅れて脱稿した。「夜を急ぐ者よ」とういキレ味のいい長編だった。彼は、新潮社で「ベルリン飛行指令」を刊行して、階段を駆け登っていくことになる。

なお、この「鉄騎兵」は、たちまち映画化されている。石田純一の初主演であった。

2015年8月18日(火)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.11

夢枕獏「山奥の奇妙なやつ」

 

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1979年灼熱の夏、リング上では、ドリーとテリーのファンク兄弟と「呪術師」ブッチャーと「アラブの怪人」ザ・シークが入り乱れて大流血の乱闘を繰り広げていた。
観戦していたのは、27歳の若手作家と24歳の編集者もどき。夢枕獏さんと私である。終了後、当然、ビールである。ふたりとも、興奮していた。短期間でだばだばとビールを飲んだので、何を話したのか、実はあまり覚えていない。

獏さんによると、私は「新田次郎さんが亡くなって山岳小説に空席ができました。あなた書きなさい」と言ったそうだ。無責任なのは、編集者の病いではなく、人間の病いである。
ところが、例外的に正しい正義の人、というものが世間にはいるものである。

獏さんがそれである。
ただの酒場のヨタ話を原稿依頼と受け取って、胸の底で醸成させ、それから18年後、私に「約束の」連載原稿をくれ始めた。
うまい話の場合、「そんな約束は知らん」とは言わぬのは、これは編集者の病いである。
連載原稿は「神々の山嶺」。獏さんが記憶していることを言ったとすれば、それはこの「山奥の奇妙なやつ」という短編を私が記憶していたからであろう。

2015年8月17日(月)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.10

三島由紀夫「花火」

 

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ドッペルゲンガーものといえば、欧米ではドイツのエルンスト・T・ホフマンの「悪魔の美酒(霊液)」、ドストエフスキーの「二重人格」、エドガー・アラン・ポーの「ウィリアム・ウィルソン」などがすぐに想起される。「私がふたり」に特化すればスチブンソン「ジキル博士とハイド氏」も範疇に入るか。

国産でも芥川龍之介「歯車」、梶井基次郎「Kの昇天」がある。

海外ものはさておき、芥川、梶井は有名すぎて遠慮した。なるべくバラエティを考えているうちに、遙か昔に読んだ三島短編を思い出した。

編集委員からは、三島だったらもっといいものがあろうに、たとえば「鏡子の家」、たとえば「潮騒」、たとえば「沈める滝」、たとえば「豊饒の海」、変化球だが、「夏子の冒険」エトセトラエトセトラ。
「豊饒の海」全4巻はいったい何枚あるのかは、編集委員の知ったことではないのである。しかし、「私がふたり」限定ということであればこの「花火」しか思いつかなかったのである。

ちなみに、最後まで「花火」と枠を争ったのは色川武大の「見えない来客」(「怪しい来客簿」収録)である。こちらも傑作なのであるが。

2015年8月6日(木)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.9

船戸与一「メビウスの時の刻」

 


25年も前になるが、逢坂剛「百舌の叫ぶ夜」が文庫になった。本集にも収録されるこの長編は「視点のトリック」という難しいテーマに挑戦して勝利した数少ない例である。
クリスティの有名な「アクロイド殺人事件」であるとか、「ローズマリーの赤ちゃん」の作者アイラ・レヴィンの「死の接吻」とかが、それである。海外でも、この方法での成功作は決して多くはないようだ。
その「百舌」の文庫解説を船戸与一に依頼した。あの辛口の船戸さんが「百舌」については絶賛し、すばらしい解説をいただいた。そして酒になったのだが、飲むと普段の船戸に戻って、「しかし、わしにだってできるわい」と放言した。ついていなかったのは、話した相手が私だったのである。「では、書いていただきます」。隙を見せるとつけこむのは、編集者の職業病である。

しかるべき後、船戸さんはこの「メビウス」をぶっ書いた。「一人称5視点」に「時間トリック」と併用した頭が痛くなるような中編であった。実に面白い。しかし、二度読むことをお勧めする。
一度だけだと、意味がとれずに投げてしまうかもしれないからだ。