2015年6月15日(月)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.4

高橋克彦「遠い記憶」

 

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記憶、といえば高橋さんである。本当は「龍の柩」をいただきたかったのであるが、夢枕委員「神々の山嶺」、故船戸委員の「猛き箱舟」と同様、「長い」という理由で選外となった。

玉子、といっても高橋さんである。「玉子魔人」と自称するほどの玉子好きである。15年も前に、高橋さんが心臓疾患で入院したことがある。

びっくりして、盛岡に見舞いにとんで行ったらとても元気で、「ちょっと医者が話あると言ってる」と中座された。ほどなく戻って来られて「玉子は一日2つまで」と宣告されたと激怒していた。「ヤマダ君、2個だぞ2個!」と作家が言っても「2個も喰えば十分じゃないですか」とは言わないのが編集者というものである。慈父の如き微笑を絶やさぬ高橋さんの閻魔顔を見たのは、あれが最初で最後であった。

さて、この「遠い記憶」は、私小説的スパイスをひと振りしたホラー短編集「緋の記憶」に収録された一編である。直木賞受賞の表題作よりも、この作品のほうが怖かった。夏に読むのに最適である。クーラーが不要になりますからな。

2015年6月12日(金)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.3

志水辰夫「行きずりの街」

 

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かつて「微笑」という週刊誌があった。低俗路線で大健闘、というのは、故船戸与一の回想である。船戸さんによれば、健闘の理由は「わしがいたからじゃよ」だが、志水辰夫もいたのである。船戸さんは社員でデスク。組合を作ってクビになったそうだ。入れ違いに入った志水さんは、フリーのトップアンカー。

当時、梶山季之に代表される週刊誌のトップアンカーは「社員にしてやる」と言われると激怒したそうな。年収が半分以下になってしまうわけで、そりゃ怒るわ。当時の「微笑」はさながら梁山泊、他に菊地秀行や三田誠広もいたそうです。

そういう時代があったのですね。

しかし。時は流れ、自分よりずっと若い編集長になると、アンカーたちは黄昏を迎える。煙ったがられ「使わない」という非暴力的暴力が行使されるのである。機を見るに敏なること諸葛孔明の如き志水辰夫はたちまち小説家に転進してしまった。

この長編は、シミタツ節と呼ばれた志水文体が最大の効果を上げている。過去、教師が女子生徒との事件を起こし人生を放棄、そこから相手と再会して、再起を図るという物語である。

2015年6月5日(金)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.2

白石一郎「秘剣」

 

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この作品は、100枚しかない。江戸時代。藩の剣術師範の嫡子として生まれ、幼い頃から世継ぎとしての指導を父から受ける。しかし、才が劣った。父は息子の左手の指四本を切り落として、父子共に、長男の将来を断念する。蟄居を続ける中で、指を失い剣士としての将来に見切りをつけた男は、闇の中でただひとり、復活を目指して、稽古を開始する。それから、長い時が経つ。生涯秘するつもりだった指一本でも必殺の秘剣を公開するにいたった理由とは?

小説雑誌の編集長をやっていた時代、たった100枚で何が書けますか、と居直ったり文句を言ったりした作家や編集スタッフの何人にこの小説を読ませたことだろう。書きようによっては、五百枚、七百枚にもなる内容を、100枚で表現できるのである。もちろん、深い感動はさわやかな読後感を持って。なぜそれができるのかを彼らが研究、分析すればいいのである。

白石一郎は、もっと評価が高くてよかった作家だった。私は、白石さんは話していて、紙媒体を通しての付き合いがとても古かったことを知らされた。初めての出会いは50年前。「少年マガジン」連載の「犬丸」という忍者漫画に熱中したことがある。その原作が白石さんだったのだ。

2015年6月4日(木)

「冒険の森へ」編集者の私的解説 vol.1

北方謙三「檻」

 

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この長編を日本でいちばん最初に読んだのは、私である。33年も前であるな。もらった日の翌朝までかけて読み続けたのを覚えている。平凡なスーパーマーケットの平凡な若社長。その淡々とした日常。しかし、彼にとってその日々は「檻」に閉じこめられたようなものである。北関東の暴力組織で名を成した男。足を洗って結婚してカタギの生活を手に入れた。だが、何かが足りない。そんなある日、ス―パーマーケットの乗っ取りを策する男たちを暴力で追い払う。目覚めた。体の奥に、心の隅に、閉じこめておいた何かが目覚めた。そして、彼は荒野を疾る狼のように、かつてふり捨てた世界に戻っていく。

いま読み直しても、あの時の感動は変わらない。それに齢を取って余計なことを知ってしまってより興趣が増えたりする。佐野真一「カリスマ」によれば、関西を制覇したスーパー大手のダイエ―が北上し、関東を舞台にイトーヨーカドーが迎撃する。「檻」の時代はまさにその時期にあたる。

エンターテイメントでも純文学でも、時代性を無視はできないのである。

ところで、冒頭の「最初に読んだ」うんぬんは、北方謙三氏が担当編集者に原稿を渡す前に読み直していなければ、の話である。

2015年5月22日(金)北方謙三 ~面白い小説がここにある 全20巻の反転攻勢 ~vol.3~

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挑戦と期待

 

いちいち紹介していてはキリがありませんが、ともかく、第一巻から始まって第二〇巻の「疾走する刻」まで、この大全を通じて、皆さんに小説の面白さをわかってほしい。その面白さをわれわれと共有してほしいんです。昨今、本が売れない、小説が売れない、という声をよく聞きます。なぜ売れないのだというと、面白くないからだといわれる。しかし、それは違うだろう。面白いものが絶対にある。それを見せようじゃないかというので、われわれはここに挙げた作品を選んだわけです。

もちろん、本が売れるには、もっと面白い小説が世に出て行けばいいわけですね。実際、われわれ五人の編集委員たちは全員、面白い小説を書いています。それでもなお、こうした企画をやろうじゃないかと思ったのは、面白い小説がこれほどあるのに、なぜ今、読まれないのか。だったら、これだけ面白い小説がありますよということを提示することで、反転攻勢をかけようじゃないか。本が売れないとかいう状況を覆そうじゃないかと。そういうコンセプトのもとに編んだわけです。ほんとうは五〇巻ぐらい欲しかったのだけれども、二〇巻できちっとまとめました。

要は、すべてが小説のためなんです。私は、自分の本を一番売っていただきたいけれど(笑)、このシリーズも是非とも売れてほしい。これが売れることによって、本というもの、小説というものが違う視線で見てもらえるのではないかと期待しているんです。

何も芥川賞、直木賞の受賞作品だけが売れればいいというものじゃないんです。こういう面白い小説があるよと提示すれば、小説そのものが売れてくるんですよ。若い人から年とった人まで、小説というのがいかに面白いかということをわかってほしい。それがこの『冒険の森へ』のわれわれ編集委員の皆さん方に対する挑戦です。皆さんも、この挑戦をきちっと受けてください。そうすることによって、小説の復権を果たすこともできるはずです。

 

構成=増子信一

※2014年10月28日に行われた『冒険の森へ 傑作小説大全』刊行発表会での講演を基に構成

2015年5月20日(水)北方謙三 ~面白い小説がここにある 全20巻の反転攻勢 ~vol.2~

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これが第二巻になると、作品の選定自体はわりとトントンと決まっていきました。ただ、このときの一番の問題点は、この全集において、時代小説は省くべきであると強硬に主張する編集委員が一人いたことです。他の編集委員がみな黙っていたら、「じゃ、決をとってくれ!」という話になって、決をとりました。その結果、「時代小説を省くことに賛成の人」はその人だけ(笑)。で、省かないことになった。そういう裏話があります。

その第二巻は「忍者と剣客」というテーマで、山田風太郎、柴田錬三郎のお二人が看板になります。このお二人は非常に対照的な作家です。柴田錬三郎さんは、小説を読めば分かりますが、時代の考証についてものすごく詳しい人です。当時の駕籠賃から地理から全部知っている。ところが、そういうことについては何も書かない。知っていればいいと。たとえば、現代の人が芝の大門の前から浜離宮までタクシーに乗ったときに、外に何が見えるかとか、運賃がいくらだとかは小説では書かない。なぜなら、タクシーに乗ったときに考えるのは、待っている女はどうしているかなとか、そんなことしか考えていないからです。

昔の人も同じですよ。大門から浜離宮まで駕籠に乗る。駕籠賃は大体幾らで行くなというのも、外がどんな景色かも全部わかっている。だから、そういったことは書かずに、柴田錬三郎さんは蘊蓄とか時代背景とかなしで、すぐに物語が始まっていく。そういう作家です。

一方の山田風太郎さんは対照的で、あるとき私が「南北朝時代に婆沙羅者というのが出ましてね」という話をしたら、山田さんが「北方君、南北朝時代というのは鎌倉時代の前かね」と訊かれて、「いや、先生、違います、違います。鎌倉時代の後に室町時代があって、その間に南北朝というのがあって、そこで足利尊氏とか何とかが出てきて、そこに佐々木道誉というのが出てきて、それが婆沙羅といわれたんですよ。婆沙羅というのはこれまでの価値観をがらっと変えるような人間たちのことで、やがてそれが傾奇者になったんですよ」という解説をしたんです。

そうしたら、三カ月後に電話がかかってきて、「北方、ごめん。書いちゃった」と。どうも佐々木道誉のことを書いたらしい。「先生、書いたんですか」というと、「うん。『婆沙羅』というタイトルだ。君が教えてくれたとおりに書いた」「うそでしょう!」……(笑)。

山田さんには個人的に敬愛をもって接し続けましたが、なんとも破格な人です。

第三巻が「背徳の仔ら」。黒岩重吾と大藪春彦が並んでいます。

黒岩さんはともかく、皆さん、大藪春彦がなぜ入っているかと思われたでしょう。それは、この巻に入っている『野獣死すべし』がどういう意味合いを持っていた作品かをお話しすればおわかりいただけると思います。日本が戦争に負けて、戦後民主主義というものが出てきた。この戦後民主主義には、正しい理念もあったけれど、欺瞞的な側面もあった。これを最初に「民主主義なんて欺瞞だ、うそじゃないか」といったのが、石原慎太郎の『太陽の季節』です。その三年後ぐらいにこの『野獣死すべし』が出るわけですが、これはさらに強烈に戦後民主主義を否定している。何によって否定したかというと、暴力によって否定したんです。それまでそういう否定の仕方はなかった。その意味でも、文学史に明記されるべき作品で、ここに取り上げました。

その他、松本清張、西村京太郎、筒井康隆、立原正秋、久生十蘭……、珍しいところでは、小酒井不木という人が入っている。この人は衛生学や疫学の医者で、世界的な専門家だったらしい。その人が小説も書いているんですが、独特の味があります。

こういう人の作品は、もう活字では読めなくなっているだろうと思うんです。それでも、いま絶対に読んでおいたほうがいいなという作品もこの大全には入っています。

 

構成=増子信一

※2014年10月28日に行われた『冒険の森へ 傑作小説大全』刊行発表会での講演を基に構成

2015年5月16日(土)北方謙三 ~面白い小説がここにある 全20巻の反転攻勢 ~vol.1~

《ジャンルを越え、小説の面白さを追求する画期的アンソロジー》と銘打たれた『冒険の森へ 傑作小説大全』全二〇巻の刊行が、いよいよ来月から始まります。江戸川乱歩、井上靖から真保裕一、宮部みゆきまで、冒険物語の長編三六編を中心に、S‌F、時代、ホラー、純文学、童話とジャンルを越えた短掌編の秀作など、全二五四編を網羅した待望のアンソロジー集です。

編集委員も、逢坂剛、大沢在昌、北方謙三、船戸与一、夢枕獏という豪華な顔ぶれ。作品選定に当たっては熱い議論が戦わされたそうです。シリーズの刊行を告知する講演会において、編集委員のお一人、北方謙三さんが本シリーズの特徴・意義と共に、編集作業の舞台裏などもお話しくださいました。

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最初に何を決めたか

 

今日はこの『冒険の森へ』というシリーズについて、編集委員を代表して皆さんにメッセージを届けにまいりました。

まず、全二〇巻のラインナップをご覧いただければお分かりかと思いますが、こうした内容の全集なり大全なりというものが、今まであり得たかというと、あり得なかった。

なぜかといえば、これまでの全集とか大全とかいうものは、何かテーマ性を持って、その存在意味を訴えるものだった。ところが、今回われわれが編んだこのアンソロジー集には、存在の意味とか何とかを大きく掲げるものは何もない。では、何があるのか。

面白さがあるんですよ。ここに収められた作品は、どれも面白いんです。小説というのはあくまで小説であって、天下国家を論じる「大説」ではない。小説というのは、何よりもまず面白くなければいけない。

そういう意味からいえば、面白さを満載したこの『冒険の森へ』という傑作小説大全は、われわれ五人の編集委員からの「小説ってのは面白いんだよ」というメッセージなんです。われわれは、自分たちの持っている読書歴を出し合って、それを重ね合わせ、すり合わせるようにして選びました。みんな六十年近く読書しているわけですから、相当の数の作品を読んでいる。その上で、この作品が面白いんじゃないか、いやあの作品のほうが面白いんじゃないかと、侃々諤々とまではいいませんが、かなりの議論を尽くしてこれをつくった。ですから、「面白い」という点に関しては、非常に自信を持っております。

では、小説というものは面白いんですよということを皆さんにお知らせしようというときに、われわれは最初に何を決めたのか。

その答えは、第一巻にあります。これがわれわれの出した回答です。

第一巻は「漂泊と流浪」というテーマが掲げられていますが、ここでまず看板に出したのは江戸川乱歩と井上靖です。

この二つの名前を並べることが、われわれのメッセージなんですよ。小説の面白さはこの二つの名前の間にある。江戸川乱歩から井上靖へ行くまでの間に、いろいろな小説の面白さがあるんです。その面白さを西暦二〇〇〇年までの作品の中から探っていこうじゃないかということなんですが、実際には、これは大変な作業でした。

江戸川乱歩一人とっても、何を入れるかをめぐって殴り合いになりかねない。さんざん話し合った結果、『白髪鬼』を入れることになりました。では、井上靖さんは何を入れるか。私は最初、『夏草冬濤』がいいんじゃないかといったのですが、全体的な物語のスケールの大きさからいうと『敦煌』だろう、という意見が多かった。そこで私も客観的に判断してこれがいいだろうと思うに至った。それで『敦煌』ということになったんです。

この第一巻には、野上弥生子さんの『海神丸』という漂流事件をモデルにした作品、S‌F小説の草分け的存在の海野十 三の『軍用鮫』が入っている。その他、橘外男、小栗虫太郎、夢野久作、小川未明といった人たちの作品も選ばれています。

こうした名前を見て分かるように、ここには実にいろいろなジャンル・方向性のものが提示されていて、日本のエンターテインメント小説というのはこういうふうにしてでき上がってきたんだということがわかるような作品立てになっているんです。

 

構成=増子信一

※2014年10月28日に行われた『冒険の森へ 傑作小説大全』刊行発表会での講演を基に構成

2015年5月11日(月)

本日5月12日、傑作小説大全「冒険の森へ」全20巻のうち、
初回配本の第11巻「復活する男」と16巻「過去の囁き」がついに発売されました!
集英社創業90周年記念企画として編集委員に
逢坂剛、大沢在昌、北方謙三、船戸与一、夢枕獏各氏を迎えた全20巻の作品群です。

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